スクイーズ、グレン・ティルブルック、クリス・ディフォードの楽曲を語るブログ
by songbysong
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(C) 2008 THE MUSIC PLANT


●SONG BY SONG執筆者
☆野崎洋子
THE MUSIC PLANT代表。66年生まれ。グレンの2005/06年のプロモーター、「Incomplete Glenn Tilbrook」を発売。実は2004年以前はスクイーズのスの字も知らなかった。現在はクリス・ディフォードのCDも担当。

☆タイコウチ
mixiのクリス・コミュ管理人。63年生まれ。スクィーズとの出会いは、もはや4半世紀をさかのぼるが、FMラジオ(DJは佐野元春さん)で「Vicky Verky」を聴いたとき。

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カテゴリ:RIDICULOUS( 10 )
THIS SUMMER
アルバム「RIDICULOUS」からのシングル曲「THIS SUMMER」は、ひと夏の素敵な恋の喜びをしみじみかみしめるといった内容ですが、この恋は現在進行というわけではなく、何十年も昔の薄れかけた記憶が、夏の夜に彼女とすごした海辺の移動遊園地(たぶん)の断片的なイメージによって、かろうじてつなぎとめらている、というちょっと切ない語りとなっているようです。というわけで、タイトルの日本語訳は、あえて「この夏」ではなく、「思い出の夏」としてみました。

歌詞のなかに出てくる「輪郭がぼやける(blur)」というのは、当時ブリットポップ・ブームで人気グループだったブラー(Blur)に引っかけているのかもしれません。英国盤シングルのB面では、彼らの「END OF A CENTURY」という曲をカヴァーしてましたからね(日本盤の「RIDICULOUS」にボーナストラックとして収録)。

タイコウチ


「思い出の夏」

脳みそが口を動かし
口が思いを言葉にする
あの遊園地の回転木馬の思い出
夜の闇のなかふたりで乗った

月日がすぎれば頭に記憶が入りきらなくなる
まるで缶詰にびっしり並ぶサーディンみたい
輪郭がぼやけはじめたあの夏の思い出が
ふたりをカレンダーにつなぎとめる

この夏、空には雲ひとつ浮かぶことはないだろう
ぼくの気持ちは揺らぎなく、空に飛び立つこともできそう
この夏、ぼくたちはベッドからシーツをすべてはぎとった
うれしすぎてきみのことが頭から離れない
この夏、ぼくはきみに心から恋をしてしまった

毎朝がぼくたちふたりを残してすぎていく
カーテンで陽の光が遮られているから
夜ごとにぼくたちははめをはずす
2枚の旗が1本のポールに絡みつくように

らせんすべり台の照明が目に映る
そよ風に吹かれて音楽が聞こえてくる
今夜、石で水切りをするぼくたち
ぼくはきみといられる幸せにひたる

この夏、空には雲ひとつ浮かぶことはないだろう
ぼくの気持ちは揺らぎなく、空に飛び立つこともできそう
この夏、ぼくたちはベッドからシーツをすべてはぎとった
うれしすぎてきみのことが頭から離れない
もう寂しい思いをするなんてありえない
この夏、ぼくはきみに心から恋をしてしまった

(訳:タイコウチ)
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by songbysong | 2008-12-22 11:28 | RIDICULOUS
I WANT YOU
名曲の揃った1995年のアルバム「RIDICULOUS」に収められたこの曲は、80年代の「KING GEORGE STREET」や「TOUGH LOVE」を、男の立場から歌ったものだと言えそうです。

酒を飲み、家庭で荒れる夫を家から追い出した妻に、あらためて許しを請う男。しかし心の平安を手に入れた妻の方は、もうせいせいしたという感じで、うれしそうにすら見えます。この男の姿は、「KING GEORGE STREET」で、やかんの湯気で曇った窓から、家の中にいる妻と子どもを覗き見る男の姿を思い出させます。この歌の最後に出てくる子どもたちは、はたして「KING GEORGE STREET」のように、「パパが帰ってきた!」と喜びの声を上げるのでしょうか。

それにしても、この頃のグレンの歌唱はまさに円熟していて、とくにこの手の歌い上げるバラード系の曲は、ほんとに素晴らしいですね。この歌詞の内容を考えれば犯罪的なほどです。だって、こんなに艶っぽく甘美に歌われたら、ふつう女の人はつい許しちゃうでしょ(笑)。

タイコウチ


「きみがほしい」

きみはすべてを引き受けて
持てるものすべてを与えた
ぼくにもいつかわかってもらえると信じて
きみはドアの鍵を換え
ぼくの靴下を投げ捨て
ようやく安らぎを手に入れた

きみはぼくの椅子に腰をおろし
膝をかかえ顎をのせている
そこにはもうぼくの居場所はない
そんなきみはずいぶんうれしそうに見える
いったいなんて言ったらいいんだろう
今でもきみを心から愛しているのに

今ここできみがほしい

どうしたら点数を稼いで
きみの信頼をとりもどせるだろうか
ふたりの心のつなぎ目は
さびついている
それはきみの流した涙のせい
ぼくたちふたりをだまそうと
ぼくが何度も嘘をついたから
いったいなんて言ったらいいんだろう
今でもきみを心から愛しているのに

歩みを進めるほどに後ろに通ってきた道が見える
言葉を口にするたびに傷が焼けつくように痛む

外で遊んでいる子どもたちの
姿が見える
口の動きが読める
目を大きく見開いている子どもたち

(訳:タイコウチ)
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by songbysong | 2008-12-17 11:42 | RIDICULOUS
LOST FOR WORDS
アルバム「RIDICULOUS」の中では、ほんの2分足らずであまり目立つ曲ではないかもしれませんが、言うべき言葉が見つからずに、ひたすら困った困ったという内容の歌詞に対して、まるで開き直ったかのようなやたらとハイパーな曲調のギャップがなんだかおかしくて、けっこう好きな曲です。

タイコウチ


「言葉が見つからない」

言葉が見つからないなんてぼくらしくもない
まるで伸びきったゴムバンドみたいだ
言葉が見つからなくて、目もかすむ
いったいどうしてぼくの手からこぼれ落ちてしまったのか

きみがつくってくれたランチは
どろりと濃いシチューで
なんていったらいいか
まるでレンガを噛んでるみたいで
それできみと話そうとしても
舌は空回りするばかりで
言葉がのどにつかえてしまった

手紙を書こうにも言葉が見つからない
ペンから出たインクは血のように滲むだけ
嫌いな言葉ですら見つからない
いまさら自分で打ち捨てた言葉を使おうなんて
ぼくらしくもない
まるで伸びきったゴムバンドみたいだ
言葉が見つからない、いったいどうして
ぼくの手からこぼれ落ちてしまったのか

(訳:タイコウチ)
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by songbysong | 2008-12-14 15:12 | RIDICULOUS
GROUCH OF THE DAY
1995年の「RIDICULOUS」に収録されたこの曲は、オリジナルは60年代のヒット曲だと言われてもわからないくらい、初期のビートルズを思わせる浮き浮きと楽しいメロディと曲調ですが、歌詞の方は、いつも不機嫌でふさぎ込んでいる男(クリス)が、パートナーの彼女に感謝しているという自伝的な内容です。

今年(2008年)に出た「RIDICULOUS」のリマスター再発盤にボーナスで入っているアコースティック・ヴァージョンも素敵ですよ。

タイコウチ


「今日一番の不機嫌男」

あごさきを胸元につけてしまうのは
なんとか冷静でいようとしてるから
顔が痛みだすのは
警告を振り払おうとするから
ぼくが寝返りを打つと
彼女の顔には微笑みが浮かび
どんな言葉より雄弁に語りかける
彼女がどうしてそんなに気力を保っていられるのかを

今日一番の不機嫌男になったぼくが
やる気をなくして
むっつりふさぎこんでいると
彼女はひとこと言わずにはいられない
そしてぼくはたいてい彼女の言うとおりにする
ぼくは山のように不満をかかえこむことになるけど
それは今日一番の不機嫌男として
当然はらうべき代償なのだ

足が震えだすと
気分は上々、もうすっかりうわの空
彼女が音楽をかけると
ぼくは羽ばたく蝶々のような気分
仰向けに寝そべる彼女が見せる
魅力いっぱいの笑顔は
どんな言葉より雄弁に語りかける
今夜このひとときを彼女が楽しんでくれれば
ぼくはもう危機を乗り越えたかのように思ってしまう
彼女の美しさが損なわれ
のしかかる絶望の重荷が
ぼくの一日を埋めつくしそうになっても
たったひとつの微笑みで、そんなストレスはすべて溶けてしまう

(訳:タイコウチ)
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by songbysong | 2008-12-10 00:49 | RIDICULOUS
TEMPTATION FOR LOVE
〈誘惑〉続きで、「TEMPTED」の次は、1995年のアルバム「RIDICULOUS」から「TEMPTATION」です。「ELECTRIC TRAINS」を始め、同じアルバムのポップで力のこもったヒット曲たちにひっそりと隠れて、あまり目立たないかもしれませんが、スタンダードといってよい完成度を誇る1曲だと思います。

テーマは、「TEMPTED」と共通して、一時の誘惑に負けて、パートナーとの関係を損なってしまった男の反省ですが、歌詞も曲調もずっとシリアスな印象です。

実はこの曲、スクィーズにしては珍しく、ほとんどアコースティック・ギター1本で演奏されているのですが、弾いているのはなんとグレンではなく、クリスがソングライティングの合宿で知り合ったというヘイター・ベレッタ(Hayter Beretta)という人なのだそうです。グレンによる最初のアレンジは、キーボードを8台(!)も使ったかなり複雑なものだったそうですが、それをシンプルにそぎ落として、素晴らしい結果になったと、インタヴュー本ではグレンが語っています。曲の後半で、グレンが控えめに加えたキーボードがいいアクセントになっていると思います。

もうひとつ、スクィーズの曲としては珍しく、グレンとのデュエットというかたちで、キャシー・デニス(Cathy Dennis)が女性ヴォーカルで加わっています。クリスは、録音現場でふたりのデュエットを聴きながら、自分の書いた詞があまりにリアルに響くのに感動して、思わず涙を流してしまったということです。

タイコウチ


「愛と誘惑のはざまで」

いったいぼくは何をしでかしてしまったのだろう
何を言ってしまったのか
きみが顔を見たくもないというのは
ぼくのことなのだろうか
ぼくは愛を求めて
きみのほうをうかがう
でも探してもどこにも見つからない
きみの心臓の鼓動も、きみの影も姿も
ぼくは誘惑を間違って信じてしまうような男だったのか
誘惑を愛と取り違えてしまった

ふたりで話し合い
解決することはできないだろうか
そうすれば
共有できる足場を見つけられるかもしれない
ようやくわかったんだ
また同じあやまちを犯してしまった
見つけようのないものを探し求めるなんて
きみの心臓の鼓動も、きみの影も形も
ぼくは誘惑を間違って信じてしまうような男だったのか
誘惑を愛と取り違えてしまった

残された絆をぼくたちは見いだすことができるだろうか
きみがいなくなり、ぼくは夜眠れずにいる
ぼくはあやまちを犯したのだ

この気持ちを伝える言葉が出てこない
最悪の事態を心配して
きみを傷つけて
合わせる顔もない
今度こそきみに
とりかえしのつかないことをしてしまった
きみに電話をしてみても、きみの居場所はわからない
きみの心臓の鼓動も、きみの影も姿も
ぼくは誘惑を間違って信じてしまうような男だったのか
誘惑を愛だと取り違えてしまった

(訳:タイコウチ)
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by songbysong | 2008-12-07 17:02 | RIDICULOUS
GREAT ESCAPE
スクィーズにしては、サウンドも歌詞の内容もかなりヘヴィーな1曲です。タイトルは、もちろん往年の戦争映画「大脱走」からとったのでしょうが、同じ頃にイギリスのブラー(Blur)も「THE GREAT ESCAPE」というタイトルのアルバムを出していました。そして、そのブラーの「END OF A CENTURY」という曲を、スクィーズは当時のライヴでカヴァーしていたのでした(もとはシングルB面として発表されたものですが、日本盤の「RIDICULOUS」のボーナス・トラックで聴くことができます。正確にはスクィーズの演奏というよりも、グレンの弾き語りという感じですね)。というわけで、当時のブリット・ポップがらみで、ブラーとの関係がいろいろ噂されたようですが、同じアルバムからシングル・カットされた「THIS SUMMER」の歌詞に'blur'という単語が出てくるのは、単なる偶然なのだそうです。

これまで何曲か取り上げてきたDVをテーマにした曲のなかでも、とりわけ暴力シーンが生々しく描写されています。「TOUGH LOVE」のときも書きましたが、この曲も一応はハッピー・エンド(のようなもの)を迎えるわけで、ストーリーとしてはちょっと安易な展開ではないかという気もします。でも「TOUGH LOVE」とは違って、曲調と前半で描かれるあまりの酷さに苦い後味が残ります。

タイコウチ


「大いなる脱走」

家でひとり待っていると 夜遅くに男が帰ってくる
すべての血球が1つ残らず酩酊しきった状態で
男はその場で彼女に襲いかかり 彼女はソファから転げ落ちる
男は体につかみかかり 彼女を引きずり倒す
彼女はやめてと叫びながら 足をばたばたさせて抵抗する
しかしのしかかる男の体は重すぎて 彼女に勝ち目はない
男は蛇のつまったずた袋のように彼女の上にどさりと倒れ込む
彼女は泣き叫び、ほおに涙がこぼれ落ちる

希望があり、恐怖もある
男が言うことを聞いてくれるなんてことがあるだろうか
絶対に相手を拒絶しなければいけない
さあ、今が家を出ていくとき 大いなる脱走

彼女は部屋を走り出て裏口から逃げる
居間の床にころがって寝ている男をおいたまま
彼女は一晩歩いて市役所広場までたどりついた
もうだいじょうぶ どうなってもいいようにすら思える
彼女のことを馬鹿にしていた男に 彼女は立ち向かったのだ
そして男は自分のメッセージを彼女に放った
目を覚ました男はあまりの恥ずかしさに吐き気をもよおした
彼女は泣き叫び、男のほおに涙がこぼれ落ちる

彼女が家に戻ると 男はひざまづいた
頼むから戻ってきてくれと、心から赦しを求めて

(訳:タイコウチ)



英文の歌詞はこちら
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by songbysong | 2006-09-28 09:41 | RIDICULOUS
WALK AWAY
アルバム「RIDICULOUS」から、クリスが優しくも過保護だった母親へのアンビ ヴァレントな思いを綴った自伝的内容の「WALK AWAY」は、前作で一時的に復帰したポール・キャラックのアイディアによるぶ厚いコーラス・アレンジと、 グレンの熱唱によって、いっそう胸を打つ作品に仕上がっています。90年代になってからの作品には、この曲のように自分自身の人生の危機をテーマに、赤裸々な告白調の歌詞を書く傾向が出てきますが、これはクリスのソロ・アルバ ム「I DIDN'T GET WHERE I AM」へのゆるやかな布石だったように思えます。

タイコウチ


「僕をひとりで行かせて」

庭の小道に立つ僕の姿を撮った
モノクロの写真が
フットボールのスカーフに包まれて
僕の手の中にある
写真の中で母さんは僕のことを
息が詰まりそうなほど抱きしめている
いつまでも僕にかまいつづける母親だった
どうすれば僕を苦しめることができるのかよくわかっていた
世の母親というものがみなそうであるように
今でも彼女はいたるところにつきまとう
僕の髪をとかすくしのように
椅子に座っている僕の姿
でもそれは本当の僕じゃない

その子は言い争いから逃れて
庭のフェンスに腰かける
そして彼女の唇からこぼれ落ちる言葉が
ひたすら過ぎ去っていくのを待っていた
彼は家の手入れを決して怠らず
彼女がベルを鳴らすたびに
自分が落ところからはい上がり
乱れた心を静めようとした
今や僕はその性格が身についてしまったのではないかと怖れている
震えが背筋を伝わっていく
曲がりくねった道を歩いていると
その現実が僕を打ちのめす

だからあなたから離れて 僕をひとりで行かせて
自分でも僕にそうさせたいと思っているはず
僕に新しくやり直させてほしいんだ
僕をひとりで行かせて

それだけが問題じゃあないけれど、問題は自分の母親なんだ
彼女のことをどれほど愛しているか
彼女のことをどれほど愛しているか
彼女のことをどれほど愛しているか
だから口に出して言うのはやさしいことじゃない
お願いだから僕をひとりで行かせてくれと
僕をひとりで行かせて
僕をひとりで行かせて

だから僕を自分の足で歩かせて
アイスクリームのコーンを最後まで残さずに食べさせてほしい
それだけをはっきりさせることができれば
すべてはうまくいくはずなんだ
ねえ、僕を見て、もう子どものいる父親なんだ
自分でも驚いてしまうけどね
それでも独り立ちしようとしているんだ
人生をめちゃくちゃにしながら
これが僕なんだ、この僕の姿を見て
これでもできるかぎりのことはやっているんだ
この人生には何かそれなりのプランがあるんだ
でもそれがどんなものかはまだわからない

(訳:タイコウチ)

英文の歌詞はこちら
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by songbysong | 2006-09-13 13:25 | RIDICULOUS
DAPHNE
アルバム「RIDICULOUS」に収録されているこの曲は、シングルにもなってないし、派手な曲でもないので、あまり注目されていないかもしれません。ところがスクィーズのインタヴュー本「SONG BY SONG」を読むと、びっくりする事実がこの歌には隠されていたことがわかります。

この歌で、歌い手が求愛している女性ダフネは、なんと>エイミー・マンのことだというのです。エイミー・マンは、90年代半ばには、クリスやグレンといっしょにステージに立ったり、エイミーのレコードにクリスとグレンが参加したりと、いろんな交流がありました。エイミーの95年のアルバム「I'M WITH STUPID」の1曲目「LONG SHOT」という曲では、スクィーズの「UP THE JUNCTION」のイントロのフレーズが引用されたりもしています。当時クリスはけっこう本気で彼女のことを気に入っていたらしいのですが、その想いは、この歌からも想像できるように、クールなエイミーに軽くあしらわれてしまったようです(笑)。

おかしいのは、クリスが書いたこの歌詞をもらったグレンは、ダフネが実在の女性、それもエイミーをモデルにしているとはまったく気づかず、「その眼鏡をかけていると、ナナ・ムスクーリに似てるね」なんて、いかしたフレーズを書くクリスはやっぱり天才だ、とただ感心していたのだとか。

ナナ・ムスクーリは、ポップスからジャズ、クラシックまでこなすギリシア出身の世界的な歌手ですが、何といっても大きめの黒縁の眼鏡が印象的です。エイミーも、眼鏡をかけた写真をどこかで見たことがあるので、たぶん目があまり良くなくて、プライベートではきっと眼鏡をかけているのではないでしょうか。

ちなみに、アルバム・タイトルの「RIDICULOUS」は、おそらくこの歌の「Don't be ridiculous」(「ばかなこといわないで/きみはどうかしてるよ」)のところから取られたのだと思います。

タイコウチ


「ダフネ」

ねえ、ダフネ
きみはどうかしているよ
そんなに黙ってたら ぼくたちは死んでしまうよ 
ぼくと話をして
きみの素敵な舌で 声を聴かせて
人生には楽しむことも必要だよ
ねえ、ダフネ
そんなに偉そうに構えないでさ
きみの相手はここにいるんだから
ぼくと話をして
その美しい目でぼくを見つめて 声を聴かせて
少しはぼくのいうことも聞いてくれよ

きみは道化芝居みたいな人生には慣れっこだという
裁判官と陪審の裁判ごっこが好きなんだね
きみはその眼鏡をかけていると
ナナ・ムスクーリに似てるね

ねえ、ダフネ
声を出して笑って 楽しくやろうよ
悲しいことはそっちに置いといて
ぼくと話をして
冗談をいって お腹をかかえて笑ってさ
人生を半分に切ってしまうなんてだめだよ
ねえ、ダフネ
シェリーはきみのために詩を書いたんだよ
彼だったらきっと
ぼくの話し相手になってくれただろうね
ぼくのことを馬鹿だなっていったりしてさ
愛は人を狂わせるものなのさ

きみは道化芝居みたいな人生には慣れっこだという
判事と陪審員の裁判ごっこが好きなんだね
きみはその眼鏡をかけていると
ナナ・ムスクーリに似てるね

ねえ、ダフネ
きみはどうかしているよ
そんなに黙ってたら ぼくたちは死んでしまうよ
ぼくと話をして


(訳:タイコウチ)

英文の歌詞はこちら
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by songbysong | 2006-09-08 23:06 | RIDICULOUS
ELECTRIC TRAINS
「Electric Trains」は、「Ridiculous」(1995年)のオープニング・ナンバーで、シングルカットもされた後期スクィーズの代表曲です。 サイケデリックな匂いのするギター、空をかける流麗なストリングス、ビーチボーイズ風コーラスと、聴きどころが次々とあらわれ、ポップ・ロックかくあるべしという見本のようないかした曲ですが、ロック・ミュージシャンを目指し始めた少年時代の想い出を、ジュリー・アンドルーズとジェリー・ガルシアに引っかけて歌っています。歌詞の後半に出てくる'The Sound of Music'は、ジュリー・アンドルーズ主演の映画タイトル、'The Grateful Dead'は、ジェリー・ガルシアがリーダーだったサイケデリック・ロックの代表的バンド名です。ジェリー・ガルシアは、この曲が発表される直前に亡くなりましたが、トリビュートというわけではなく、時期的にはこの曲の録音の方が先だったそうです。ちなみに、タイトルの'Electric Trains'というのは、イギリスで人気のあるおもちゃの商品名らしく(イギリス国内の実在の電車をモデルにしている)、以前インターネットでホームページを見たら、この曲の歌詞が宣伝で引用されていました。

歌詞はクリスの自伝的な内容のようで、もともとはクリスの詞をもとに、友人のフランシス・ダネリーがいっしょにオリジナル・ヴァージョンを作っている途中で、その歌詞を見つけたグレンが、こんなにスクィーズにぴったりの歌詞なのに、なんで長年の相棒のおれに曲をつけさせてくれないんだよ、というわけで、セカンド・ヴァージョンとしてグレンが仕上げたのがこの曲ということらしいです。おかしいのは、ベスト盤「The Big Squeeze」の解説でクリスとグレンは2人とも、この曲は典型的なスクイーズ・ソングだとコメントしているところ。ただし、クリスは、コード進行とギター・ソロが、グレンは、歌詞の内容が、それぞれスクィーズっぽいと言っています。ちなみに、クリスのソロ・アルバムには、「Playing with Electric Trains」というタイトルで、この曲のオリジナル・ヴァージョンが収録されていますが、こちらはカントリー風で、歌詞も少し違っています。おそらくグレンが曲をつける際に、メロディに合わせてクリスのオリジナルの詞を少し変えたのでしょう。

「クリケット・バットをギターに見たてて」というくだりも悪くないけれど、やはりこの歌詞の白眉は、「あそこに生えてきた毛を誇らしげに数え上げる」というあたりではないでしょうか。一般的には「白眉」というべきシーンとはいいがたいのですが(笑)。「ふとんをかぶって〜」からの4行は、「家ではいつもステレオをつけて〜」からの部分とともに、構成上はサビ(Bメロ)をはさんでCメロとなっていますが、英語では「レコードが山のように積み重なっていった(my records stacked up in the pile)」というところと、「ぼくの眼はエッチな雑誌の写真にくぎづけ(my eyeballs stuck in readers wives)」が、いい具合に韻を踏んでいます。

クリスの書く詞には、単にすぐれたストーリー・テラーという以上に、随所にポップ・ソングの領域を広げるような意欲的な歌詞の冒険が見られます。今の時代、無茶苦茶なサウンドに乗せて、どぎつい歌詞を聴き取れないほどに怒鳴りちらすことは簡単ですが、だれもが口ずさめるようなすぐれたポップ・ソングの世界はまだまだ保守的です。そんな中でスクィーズには、離婚した子連れの女性とつきあう男の戸惑いを歌った「Can of Worms」や、妻の生理痛をテーマにした「She Doesn't Have to Shave」など、そのへんのポップ・ソングではめったにお目にかかれないような、しかし人生の真実にたしかに触れるような名曲がたくさんあります。この「Electric Trains」も、単に少年時代の想い出というだけでなく、細部まで味わっていただければと思います。

そういえば、スクィーズの初期から中期にかけての作品を集めた6枚組ボックスセット「Six of One...」のブックレットには、イギリスの人気作家ニック・ホーンビー(「ハイ・フィデリティ」!)が、スクィーズを讃えるエッセイを寄せています。文学界のDifford & Tilbrookを目指して小説を書き始めたのだというホーンビー氏ですが、スクィーズが新曲で「Electric Trains」を発表したとき、ある評論家に「スクィーズのこの1曲を聴けば、もうニック・ホーンビーの小説なんて読む必要はない」と新聞に書かれてしまったのだそう。それを読んで落ち込んだホーンビー氏は、今度生まれ変わったらスクィーズとは全然違ったタイプのミュージシャンを目標にして作家を目指します、とのこと(笑)。

タイコウチ



「電車のおもちゃ」
(ディフォード/ティルブルック)

嫌いな友だちにマザコンとからかわれていた頃
父さんの自転車に乗せてもらい なんとか学校に通ってた
木製の台座に腰をかけ 父さんの両足にはさまれて乗った
雨が降ってくると 父さんのカッパの下にもぐり込んだ
あの頃家ではいつもラジオがかかっていた

ジュリー・アンドルーズからジェリー・ガルシアまで
人生は気楽なものだった
何も考えることなく ぼくはベッドの下にもぐって
電車のおもちゃで遊んでた

家ではいつもステレオをつけていた 頭の中はロックでいっぱい
柳の木でできたクリケット・バットをギターに見たて
夜中までギター・ソロを弾きまくった
ヒット・チャートやトップ・オヴ・ザ・ポップスで聴いて集めたレコードが
山のように積み重なっていった

ふとんをかぶってひざまずき 懐中電灯で前を照らす
ぼくの眼はエッチな雑誌の写真にくぎづけ
あそこに生えてきた毛を毎日誇らしげに数え上げ
やがてぼくも子どもから男へと銀河をのぼりつめていった

女の子を追いかけては泣かし 髪を背中にかかるほど伸ばして
十代の頃はずいぶんベッドの中ですごしたものだ
ギターを弾くようになり バンドを組んで 一晩中がんがん弾きまくり
みんなが座って見てる前で ぼくは自分で作った歌を歌うようになった
音楽の響き(the Sound of Music)が
歓びに充ちた死者(the Grateful Dead)のように
ぼくのわきを通り過ぎていった

(訳:タイコウチ)
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by songbysong | 2006-08-29 00:12 | RIDICULOUS
ELECTRIC TRAINS
昨日はこのブログに書き込んでから寝たらグレンが夢の中に出て来た。なぜかブーも一緒で二人で一緒に歌ったりして非常に楽しいツアーの夢だったので、このままさめないでくれーと思って寝ていたらなんと20時間近く寝てしまった。やばい。やらなくちゃいけない仕事は山積みなのに。

たまには初期の曲を選んでみようかしら、ということで初期の曲タイをながめていたんだけど、どうも私は後期が好きみたいで、けっきょく今日も後期の代表作「RUDICULOUS」からアルバム1曲目のこの曲。

前にもどっかに書いたけど(ツアー日記だったかな)スクイーズの曲はグレンがだいたいリードヴォーカルだから、グレンが歌の主人公のような錯角におちいるんだけど、この曲はグレンが歌っているのにもかかわらず(またこのメロディがグレンのスイートな声によくあう!)歌の中でお父さんの自転車にのせられているのは幼少のクリスなのであった。しかもツイードのスーツを着て(ズボンは半ズボン)、黒い膝下まである長いソックスと革靴をはいているような感じがする。ついでに同じ生地でできたフィッシング帽でもかぶっていそう。そのくらいクリスの印象が強い歌詞である。グレンも歌う時、必ずクリスの事を思いながら歌うと言っていた。とってもパーソナルな歌詞でもある。

ご存じのようにクリスはこの歌詞をグレンに渡す前にフランシス・ドナリーに渡し、先にフランシスの方の曲が出来上がったそうで、それを聞いたグレンは怒りまくったそう。だからこの歌詞には2つのメロディがある。私はグレンというかスクイーズのヴァージョンの方が圧倒的に好きだけど、フランシスのヴァージョンもクリスのソロアルバム「I DIDN'T GET WHERE I AM」に収録されていて、クリスのヴォーカルにぴったりとあって、なかなか魅力的なトラックになっている。

スクイーズのトラックはアレンジも素敵でコーラスが抜群。グレンはSONG BY SONGの本の中で、コーラスはキースのアイディアなんだよと言っていた。またこのメロディは実は別の歌詞のために書かれていたもので、クリスから歌詞を受け取ったグレンはこのメロディにフィットするように曲を仕上げたと言っている。

グレンへ渡すべき歌詞を他の人に渡したことの言い訳として、おなじくSONG BY SONG本では、グレンの昔のガールフレンドでスクイーズのバンド結成のきっかけにもなったマキシンが白血病で亡くなる時にクリスに「他の人にも歌詞を書いてもっとたくさんの人と仕事をしなさい」とアドバイスをしたとクリスは発言しているけど、これもなんだかクリス特有の「(読者ではなく)グレンに伝えたい」的、トリッキー発言のような気がしてならない。

クリスはこの本が発表された直後に「本について書かれたことで傷付いた人、僕のことを誤解した人、ごめんなさい。でも僕が言っていたのはそういう意味じゃないんです」的コメントを自分のHPで発表していた。まったく、なんて複雑な人なんだろと私はちょっと呆れた。SONG BY SONGは、すごい赤裸々な本で「ここまで告白しなくていいんじゃないの」と思う事がたくさん書いてある。そしてそこには彼等の「言わずにいられない」「人に自分の事をわかってほしい」度が異常に高いいわゆるポップスターの寂しさみたいなものが見えるようで、ちょっといたたまれなくなってしまうのだ。そして彼等はそんな赤裸々な彼等の姿を知った人々の好奇の目によってまたもや自分自身や周りの人を傷つけることになる。まったくなんてヘンな人たち! でもそんな彼等の個性がやっぱりスクイーズの曲を面白いものにしているのだと思うんだけどね。

この曲ものちほどタイコウチさんのすばらしい訳が掲載できると思うので、お楽しみに!

野崎洋子

英文の歌詞はこちら
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by songbysong | 2006-08-28 00:50 | RIDICULOUS