スクイーズ、グレン・ティルブルック、クリス・ディフォードの楽曲を語るブログ
by songbysong
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(C) 2008 THE MUSIC PLANT


●SONG BY SONG執筆者
☆野崎洋子
THE MUSIC PLANT代表。66年生まれ。グレンの2005/06年のプロモーター、「Incomplete Glenn Tilbrook」を発売。実は2004年以前はスクイーズのスの字も知らなかった。現在はクリス・ディフォードのCDも担当。

☆タイコウチ
mixiのクリス・コミュ管理人。63年生まれ。スクィーズとの出会いは、もはや4半世紀をさかのぼるが、FMラジオ(DJは佐野元春さん)で「Vicky Verky」を聴いたとき。

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カテゴリ:EAST SIDE STORY( 6 )
TEMPTED


これもまたスクィーズの代表曲で、ライヴの定番「TEMPTED」です。1981年のアルバム「EAST SIDE STORY」では、ポール・キャラックがメイン・ヴォーカルですが、その後はライヴも含めて、グレンのヴォーカル・ヴァージョンも聴くことができます。

さて、映画やCMでも使われている「TEMPTED」ですが、この歌詞の解釈が意外と難物です。サビを中心とした全体の印象としては、浮気をした男が反省しているという風に読めるのですが、冒頭の旅支度、空港でのセリフ、ベッドサイドでの誘惑というそれぞれの場面が、出来事としてどうつながるのかが、実はいまひとつすっきりしません。

クリスのインタヴューによると、教会からクリーニング屋、ビルの立ち並ぶ通りというのは、ヒースロー空港に向かう途中の景色そのままなのだそうですが、要するに、歌い手は、新たな出会いを期待して、ツアー(出張)に出かけるところのようなのです。

そして、旅先でちょっとした誘惑にのって痛い目に遭い(?)、帰路の空港で妻(恋人)に電話をしてみるが、罪の意識もあってなんだかうまく話せない。ベッドサイドの場面は、変な夢を見ていたところで、目覚まし時計のアラームにじゃまされて、一瞬わけがわからなくなっているところ。最後は、罪滅ぼしのつもりで、免税店で香水をおみやげに買ってみたりしている、というのが、なんとなくつじつまを合わせたこの歌のストーリーの私の解釈なのですが、どんなものでしょう。

タイコウチ


「誘惑されて」

歯ブラシと歯磨き
洗顔用のタオルに
パジャマとヘアブラシ
新しい靴にスーツケースも買った
鏡に映った自分に向かって僕は言う
さあ、ここを出ていこう

教会と尖り屋根の礼拝堂
丘の上のクリーニング屋
連なる屋外広告板とビル街を抜けていく
きみとの思い出はまだ
心に引っかかっているが
もう忘れてしまおう
きっと忘れられるはず

隣の果実に誘惑されて
試してみたが、本当のことがわかった
いったい何がどうなっていたのか
きみがいなくなってしまった今
もうかわりになる人は他にいない
隣の果実に誘惑されて
試してみたが、本当のことがわかった

駐車場に着いて、空港の中に入る
荷物を乗せた回転コンベア
次々とやってくる人たち
ぼくは運を天にまかせる
特別な事は何もなかったと話す
話すようなことなんてないんだ

ベッドに腰かけ、財布はすっからかん
素足になった片足
きみが体を近づけてくるが
ぼくは誘惑の危険を感じて
手探りで目覚まし時計に手を伸ばす
なんでこのアラームは止まらないんだ

隣の果実に誘惑されて
試してみたが、本当のことがわかった
いったい何がどうなっていたのか
きみがいなくなってしまった今
もうかわりになる人は他にいない
隣の果実に誘惑されて
試してみたが、本当のことがわかった

小説本と
きみへのおみやげの香水を買った
嘘をつきたくないのは
良心があるからってわけじゃない
鏡に映る自分の顔にたずねる
いったいどうしたらいいんだ

隣の果実に誘惑されて
試してみたが、本当のことがわかった
いったい何がどうなっていたのか
きみがいなくなってしまった今
もうかわりになる人は他にいない
隣の果実に誘惑されて
試してみたが、本当のことがわかった

(訳:タイコウチ)
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by songbysong | 2008-12-06 12:20 | EAST SIDE STORY
VANITY FAIR
タイトルは19世紀のイギリスの作家ウィリアム・サッカレーの小説「虚栄の市」(もしくはそれをもとにした映画)からとられているのだと思いますが、訳ではもう少し説明的に「うぬぼれの見本市」としてみました。もっとも私も「虚栄の市」を読んだことはないので、どの程度この歌と小説に対応関係があるのかはよくわかりません。

この歌は、若くてちょっときれいな顔をしている女の子の日常をけっこう辛辣に描いているようです。似たような境遇にある女の子をもっとストレートに同情的に歌ったポール・マッカートニーの「ANOTHER DAY」という曲をなんとなく想い出します。

「EAST SIDE STORY」に収録されたオリジナル版は、豪華なオーケストラの伴奏がついていますが、ベスト盤「THE SQUEEZE STORY」では、簡素ながら叙情味あふれるピアノ伴奏ヴァージョンを聴くことができます。そして昨年のグレンの来日公演でのヴァージョンも、たった1本のギターで素晴らしい演奏を聴かせてくれて、あらためてこの曲の美しさを堪能しました。

タイコウチ


「うぬぼれの見本市」

彼女は学校を出てすぐに工場で働きはじめた
収入はおこづかいからお給料に変わり
安物のビニールかっぱからコンパクト・ケースに
そして毎朝お化粧を念入りに点検する

パブでビールを飲みながら彼女は悟る
きれいな顔をしていても
吟味されると知性のなさを隠すことはできない
肉屋のガラス窓にうつる自分の顔を見ながら
それはそれで素敵じゃないかと思う
自分の肉体すべてがうぬぼれの塊だなんて

見栄を張ってシャツの胸元を開けていても
10時きっかりに家まで送ってくれるような
そんなボーイフレンドが理想的
仕事を終えると髪をとかす
男とつきあってもいつもうまくいかない
体重計に乗ったまま、指にマニキュアを塗る
陸に打ち上げられた鯨のような声をあげてうがいをする
彼女がきれいなのはうわべだけ
タバコの缶に眉毛をしまう
片脚を椅子に上げてみる
ヤシの実落としのまねをしてみても
そこにあるのはうぬぼれの見本市

彼女の化粧道具入れにはコンパクト・ケース
コンパクト・ケースには彼女の目が映る
年頃の女の子としてはけっこう悪くない
でも彼女の見栄は相当なものなのに
ユーモアのセンスは乾ききっている
また新しい男に夜遅くに送ってもらう
パイナップル・ジュースを一杯飲んだだけなのにと言い訳をしながら
服を来たままベッドで眠り込んでしまう
メイク落としを顔のそばに置いたまま
現実の世界とは違うかもしれないけれど
彼女の見る夢はすべてがうぬぼれの見本市

(訳:タイコウチ)


英文の歌詞はこちら
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by songbysong | 2006-10-02 11:01 | EAST SIDE STORY
WOMAN'S WORLD
「EAST SIDE STORY」に収められたこの曲は、台所という王国に閉じこめられた家庭の主婦がつかのまの叛乱(?)を起こすという内容です。イギリスの家庭生活の細部をリアルに描く「台所の流しポップ(kitchen-sink pop)」と呼ばれたスクィーズの典型的な1曲と言えるでしょう。サウンド面ではちょっとビートルズっぽい感じがしますね。

タイコウチ


「女の世界」

彼女には、王国の王冠という栄誉が与えられている
彼女はそんなものいらないというけれど キッチンという名の王国で 
ステンレスの上には彼女の煙草とマッチが並ぶ
ラジオで知っている曲がかかるとサビに合わせて口笛を吹く
でも不機嫌そうな表情で
アイダーダウン(羽毛)のセーターを着て
束縛されている
でも王冠をかぶるのはそれほど悪い気はしなかった

彼女の作る料理は少しばかり東洋風
キッチンの窓を蒸気で曇らせて、鉄板の上で卵を焼いている
ぴかぴかの台所用品のカタログをながめる
新しい科学の発明によってまた1つ台所仕事がなくなっていく
ロブスターつかみ
オムレツ専用フライパン
王国にいると王冠がジャムのようにくっついて離れない
それがどうしてかがよくわかる

夫は忙しくて、彼女はないがしろにされてきた
問題を解決しようとあれこれ計算しても、いつも却下されるだけ
彼女の心から火花が散る
賢明にも
王冠は暗いところに置きっぱなし もうここは王国ではない

王国の栄誉にもううんざりした彼女は王位を返還する
バーのカウンターに座り、今日一日の愚痴を並べる
玄関から千鳥足で戻ってきた彼女の様子に
家族はおっかなびっくり
彼女は自分でサンドウィッチを作って食べ
家族が部屋の入口から見守るなか
ベッドへ向かう
脚を投げ出したまま
何も言わずに黙っている
頭の上に載せる王冠はなく そこにはもう王国もない

トースターのスイッチを押す
ここは女の世界
ベッドのシーツをきちんと折り込む
ここは女の世界
ハンガーからエプロンをとる
ここは女の世界
頭から王冠を撃ち飛ばせ
ここは女の世界

(訳:タイコウチ)


英文の歌詞はこちら
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by songbysong | 2006-10-02 00:28 | EAST SIDE STORY
IS THAT LOVE?
スクィーズの曲をどれか1曲、ラジオで宣伝のためにかけさせてくれると言われたら、私はこの曲を選びたいと思います。アルバム「EAST SIDE STORY」から、大好きな「IS THAT LOVE?」を紹介します。

フックの効いたイントロから、とにかくたたみかけるように緩急自在なメロデ ィとコードの展開、ビートルズ風のいかしたコーラス、ポップながらも硬質なギターソロ。エンディングのしゃれたピアノは、エルヴィス・コステロが弾いているのだそうです。

歌い出しからして「きみはぼくのあげた指輪を石けんのそばにおきっぱなし」 なんて、鮮やかにイメージが浮かぶ見事なフレーズだと思いますが、これは当時結婚したばかりのクリスの実体験なのだそうです。きっと「両脚をテーブル に上げて」のくだりも本当の話なんじゃないかと想像します。最後の、彼女が 直してくれたベッドのシーツに指のあとが残っている、なんて描写もほんとに鋭いですよね。誰でも思い当たるようなちょっとした男女の日常の一瞬を捉えるクリスのペンが冴えわたった曲ではないでしょうか。

タイコウチ


「それが愛?」

きみはぼくのあげた指輪を石けんのそばにおきっぱなし
それが愛といえるだろうか?
きみがぼくのお金を使いはたしたから、ぼくたちはもう一文無し
それが愛といえるだろうか?
調子が良くなればなるほど
女の子たちは忘れてしまう
愛とはどういうものなのか

きみは服を脱いだまま家の中を歩き回る
それでも、それでも…?
からかうような目でぼくを部屋から追い出す
それでも、それでも…?
状況がきつくなればなるほど
ぼくの口は饒舌になってしまう
愛とはそういうもの

置き手紙をぼくに叩きつけて出ていったきみが
こうしてまたこの家でぼくのことを見ているなんておかしいね
両脚をテーブルに上げ、本とグラスを手にしている
愛のせいできみはあれこれ思いをめぐらせているの?

きみはぼくのはったりを見抜いた
ぼくはそんなに面白い男じゃない
それでも愛はある?
ぼくの財産は凍結、きみのは暴落
それでも、それでも…?
変装したキューピッドだけは
なんとか生きのびてきたみたい
それが愛というもの

置き手紙をぼくに叩きつけて出ていったきみが
こうしてまたこの家でぼくのことを見ているなんておかしいね
両脚をテーブルに上げ、本とグラスを手にしている
愛のせいできみはあれこれ思いをめぐらせているの?

きみがぼくのベッドを直してくれた 指のあとが残っている
これが愛、なのだろうか
冷静になればなるほど
愛とはたやすく見つけられるもの
そう、それが愛というものなのだから

(訳:タイコウチ)


英文の歌詞はこちら
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by songbysong | 2006-09-22 14:24 | EAST SIDE STORY
PICCADILLY
一昨年の東京公演は1曲目が想定外のこの曲で始まって、しばらく曲名を思い出せずにとまどいました(笑)。名盤といわれる81年のアルバム「EAST SIDE STORY」からですが、正直なところこの曲の歌詞はほとんど意識したことがなかったのでした。にもかかわらず、グレンはみんなに最後のコーラス「鉄砲のような勇気があればもう勝ったも同然(Heart like a gun was just half of the battle)」を無理矢理(?)歌わせようとしてましたね(笑)。

内容は、若い恋人たちのデートもので、「SLAP AND TICKLE」の姉妹曲という感じです。プロデューサーのエルヴィス・コステロが、この歌詞をずいぶん高く評価していたという話です。細部の描写にいかにもイギリス人的なところがあるんでしょうね。

タイコウチ


「ピカディリー」

彼女は誰かの家の暖炉の上に飾られた写真なんかじゃない
紫色のドライヤーを手に タオルにくるまって腰かけている
彼女はぼくとタメをはろうとしているのさ
彼女はおっぱい(cupcakes)をブラでおさえてジャンパー・スカートをはく
心配性のお母さんに遅くなるからと言っておく
彼女はピカデリーでぼくと待ち合わせ
入口には施しを求めるのっぽのフォーク歌手
善意にあふれた世の中について歌っている
足下の帽子には5ポンドと10ペンスの投げ銭

彼女は会社のことや洋服のことを話す
自分の笑顔が印象的だと思っている
だからいつか食事でもおごってあげようか
見知らぬ人たちがわけのわからない話をしているところにぼくたちも並ぶ
どんな恋愛関係にある人たちも愛については関心がある
並んでいる人たちはみんな今晩の舞台を見に来ている

ぼくの後ろの男が連れの若い女に話している
彼女にもうすぐ赤ちゃんが生まれるので彼は喜んでいる
彼の奥さんにはうれしい話じゃないが、彼女も最近は?

彼女が疲れたというから急いで外に出る
雨の中、インド・カレーを食べに行く
ろうそくの明かりをともした「タジ・マハール」というお店
ナプキンで口を拭いてタクシーを呼んだ
誘うような目にあそこが緊張するが気分はリラックス
ぼくの頭がずるい役を演じた

タクシーは夜の町を通って家路につく
ポルノ映画やトリニ・ロペスのネオン・サインには気づかぬふり
彼女のからだに腕を回すが ぼくの演技は最悪

ぼくたちは二人組の泥棒みたく台所からヒーターのある居間まで忍び歩き
「沈黙の音(the sound of silence)」をかけてキスをする
さあつかまえた、恋人はぼくの腕の中
ドアが少し開き、心配そうな声がする
お母さんはカレーの匂いをかぐこともなくベッドに向かう
ぼくたちの秘密の恋愛関係は一歩前進

アダムとイヴのようにぼくたちはリンゴをかじった
ポケットの中で小銭が音を立てる
鉄砲のような勇気があればもう勝ったも同然

(訳:タイコウチ)


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by songbysong | 2006-09-20 12:48 | EAST SIDE STORY
LABELLED WITH LOVE
1981年の「EAST SIDE STORY」に収められている「LABELLED WITH LOVE」は、スクィーズ時代から、ライヴではサビのところでお客さんの大合唱になる定番曲です。当時のニューウェイヴな流行とはかけ離れたカントリー・スタイルの曲ですが、プロデューサーを買ってでたエルヴィス・コステロの強い意向でアルバムに収録されたとのこと。クリスもグレンも、当時コステロの影響があってカントリー・ミュージックに耳を開かれたとインタヴューで答えています。

歌の内容は、第2次世界大戦中に知り合ったアメリカ兵と結婚し、遠く故郷を離れテキサスで暮らしていたイギリス人女性が、夫と死別し、帰国したものの、ひとり寂しく老後をすごす、というストーリーものです。二十歳そこそこで想像力だけでこんな歌を書いてしまうクリスは、やはりただものではありません。

ちなみに、コステロの「KING OF AMERICA」(1986年)に収められている「AMERICAN WITHOUT TEARS」という曲は、この歌をヒントに書かれた歌じゃないかなあと思っています。たしか、戦後アメリカに渡り、結局故郷へは戻らなかった(涙もないアメリカ語を話すようになってしまった)女性の話でした。そういえば、コステロの「Veronica」という曲(ポール・マッカートニーとの共作)も、老女の回想を通じてイギリスの歴史を見るというような内容で、やはり着想は似ているような気がします。

タイコウチ


「想い出は愛という名のボトルに詰めて」


彼女は新しいウィスキーのボトルの封を切り
ろうそくをともした物置小屋の中 足を引きずって歩く
青くなった指をミトンの手袋で隠した彼女はまるで魔女のよう
猫のような匂いをさせた彼女は 近所の人のことを嫌っている
白黒テレビにはもう長いこと画像がうつらない
壁にかかった十字架は昔から飾りっぱなし
郵便屋が差し押さえの最後通告を持ってくる
彼女は銀の食器とプードルの置物を売りはらうことにする

飲んでは昔のことを想い出す 私と自分と自身のために
時計のねじを巻き
棚のほこりをはらう
愛してやまないのは失ってしまった故郷のこと
だから昔の想い出はボトルに詰めて
「愛」と書いたラベルをはっておく

戦争中はアメリカ軍のパイロットだった彼が
爆撃に出かけるたびに心を弾ませた
テキサス出身の彼と結婚して彼の農場へと住まいを移した
遠い異国の地で愛とは試練であることを学んだ
夫の酒量は増え、彼女は母親になった
いずれ自分も夫にとっては女のうちの1人になるとわかっていた
夫は食べるほどに歳をとり 飲むほどに理性が失われていった
顔には自信があったので いつもこぎれいにだけはするよう気をつけた

夫はいかにもカウボーイらしく、酔っぱらって寝ているうちに亡くなった
夏の最中、ベランダのポーチで
残された彼女は海を渡って家族のいる国へと帰った
でもみんな砂だらけの街へ引っ越していた
1人でもとの家に住むことにした 友だちも親類もなく
自分の歳のことは忘れるように生きてきた
カビのはえた肘掛け椅子に腰をかけ みんなのことをののしる
彼女を捨てていった昔の友だちのこと 
そして彼女はボトルからウィスキーを飲む

(訳:タイコウチ)


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by songbysong | 2006-09-16 19:33 | EAST SIDE STORY